カタカムナウタヒ57首に登場する魔法の言葉、ムナシキ ケヒココロ。
純粋で謙虚な心——その意味は繰り返しお伝えしてきましたが、次元が変わると、捉え方も起きる現象も変わってきます。カタカムナは、同じ言語でも意味合いがミルフィーユのように幾重にも重なっているのです。
今日はこの魔法の言語を、さらに深く掘り下げてお伝えします。
何に対して純粋で謙虚でいるのか?
純粋で謙虚な心を持つ方は、何をやってもうまくいきます。
しかし注意が必要です。自分は純粋だ、謙虚だと思っていても、カムのエネルギーに対して純粋で謙虚でいないと、逆の現象が起きてしまいます。
何に対して純粋で謙虚でいるのか?繋がっているところはどこか?
これが、非常に重要なのです。
よく耳にするのが、人生を良くしたいと、あちこちのヒーラーや宗教を巡り続ける方。純粋に謙虚について回っているようで、実はこれが純粋さや謙虚さが仇になるケースです。
いつまでも自分の人生に自分で責任を持てず、誰かがなんとかしてくれるという潜在意識から抜け出せない。自分の中に神があります。自分の中の真我とカムが直結すれば、宇宙のシステムに乗って自動運転に導かれるのです。
カタカムナの扱いは非常に重要
カタカムナのエネルギーを「自分が使う」という感覚は、大自然の法則からズレています。
カムのエネルギーを純粋な謙虚な心で使わせていただく、人のために使わせていただく——この姿勢がしっくりくるのです。
カタカムナは宇宙創成の設計図。扱い方を間違えると凶器に変わります。例え地球が今消滅しても、カタカムナのシステムを使えば一から創り直せるほどの強大なエネルギー。その宇宙絶対の法則に対し、自分のエネルギーでマウントを取れると思う方は、宇宙の仕組みや大自然の法則がまだわかっていない方です。
気づきの現象はどんどん大きくなっていくだけ。大自然のルールの中では、その法則に抗えるはずがないと、やがて気付かされます。
57首が示す「景色を写し出す仕組み」
57首にはこのように詠まれています。
アカキ、神世界を、
ウツシネ、投影する、
カムミ、体がカムエネルギーの導体となる。
ムナシキ、純粋で、
ケヒココロ、謙虚な心が、
ケシキ、景色を、
ウツシネ、写し出すのです。
純粋で謙虚な心が、神世界の景色をそのままこの現実に写し出す。これがカタカムナの伝える真実です。
言霊に責任を持つということ
光の仲間たちの特徴は共通しています。
自分の言葉に責任を持つ。人に振り回されない。自分からカムに手を挙げてやらせていただきます、と宣誓できる。どんな現象も一旦受け止め裁かない。大自然の法則が身についている。
一旦吐いた言葉は、神さまが聞いています。言ってもやらない人だと認識されれば、神さまが応援するはずがありません。
私自身、20代の時に般若心経の写経を10000巻繰り返して宇宙を体感すると宣誓しました。10000巻書いても宇宙が見えなかったけれど、それでもやめませんでした。15000巻書いた時に、カタカムナと出会ったのです。
カタカムナに出会えたのは、般若心経の繰り返しがあったから。今も毎日、感謝の思いで写経を続けています。自分の言葉に責任を持つとは、こういうことだと思います。
カタカムナ写経チャレンジ
カタカムナ写経を書くたびに、カムの導体がクリアになり、グランディングが深まり、最速で現象化するエネルギーが充填されます。
一冊書き終えるたびに、思った通りの現象が次々と起きる——だから楽しくてやめられません。
60冊書くとやりたいことが全て現象化されるとのこと。年内に100冊を目指してチャレンジしていきます!
皆さまもぜひ一緒にチャレンジしてみてください。百聞は一見に如かず。やらないと掴めない世界があります。
皆さまの集合意識と行動が集結し、この地球が元の地球にグレンとひっくり返るトキが早まります。

今日の言霊
ムナシキ ケヒココロ——
今日も、真の純粋さと謙虚さを、姿をもってこの世に示してまいりましょう。
澄んだ清流の中にいるような、清々しい一日をお過ごしください。

